M14版「一杯のかけそば」(後編)

せっかく北海道まで来たのに、また父と娘の二人だけになってしまった。サラリーマンは子供を育てるには向かない職業である。ここでお父さんは覚悟を決める。会社を辞めてラーメン屋を開くことにしたのだ。ラーメン屋なら忙しいのは昼食時と夜。家のこともできるし、昼間は子供の勉強を見てやることもできる。手がかかるのもあと少し。徐々に営業時間を長くしていけばよい。お父さんは有名店で数ヶ月の修行をした後、ラーメン屋を開いた。
父娘が北海道に引っ越してから、年末になると弟の元にお歳暮が届く。添えられた手紙でラーメン屋は順調に行っており、女の子も元気で学校へ通っていることを知り弟が安心したのは言うまでもない。それから何度目かの春が来て弟は学校を変わり、何度目かの冬が来て「このたび支店を出すことになりました」と便りが届く。
それからいくつもの冬が来たが、お歳暮は一回も欠かすことなく弟の元に丁寧な手紙とともに届けられた。弟がお礼と「お気持ちだけで結構ですから」と手紙を書くのもまた毎年のこと。その間に娘は大学生になり、お父さんは支店をいくつも持つラーメン店の社長になった。一昨年のことである。この年のお歳暮に添えられた手紙には、「小学生だった娘も来年は大学を卒業して就職です」と書かれていた。それを読んだ弟はお父さんに手紙を出した。
「私はもともとたいしたことができたわけではありません。それに来年はお嬢さんも社会人、あれから随分経ちました。さすがにもうお歳暮は受け取れません。今年で最後にしてください」と。するとお父さんから手紙が届いた。
「先生に贈り物をするのは私自身のためなんです。先生への贈り物を選ぶとき当時のつらかった頃のことを思い出しています。そして、いまの自分に奢った気持ちが少しでもありはしないか考えています。だから先生、ご迷惑かもしれませんが、私と娘のためだと思ってこれからも受け取ってください」
弟よ、そのお歳暮、いらないなら私にくれ*1

*1:俺はゲス野郎か