ワトソン役の主人公と素人の探偵。だが、この探偵役が人間ではない。姿は人間なのだが人間でない。宇宙人なのか、地球に昔から住んでいる人間以外の種族なのか、作中ではわからない。主人公もあえて追求しようとしない。この探偵、人間にはないある能力を持っている。というと、「時間をさかのぼって犯行現場を目撃する」とか「人並み外れた身体能力で犯人を逮捕する」とか「人の心を読んで犯人を当てる」と思うだろ。この能力は事件の解決にはまったく関係ない。探偵はあくまでも論理的に事件を推理して犯人を当てる。つまり、探偵としての能力はあくまでも人間と変わらないわけだ。それならなぜ作者は探偵を人間以外の者にして特殊な能力を持たせたのか? あとがきによると「探偵小説はワトソン役がいつも冷静なのが不自然だと思ったから」だそうだ。ワトソン役が不自然な点をクリアするために、探偵役を思い切り不自然な設定にする。本末転倒も甚だしい。
内田樹と
高橋源一郎による政治をテーマにした対談集。雑誌で半年に1回ずつ掲載されたものを集めたものである。ちょうど、
自民党の末期、
民主党の圧勝、
民主党の誕生、
民主党の凋落とこの2年間の国内の政治の大きな節目に合っていておもしろい。そのくらいこの2年間は激動の時代だったのだ。あいかわらず二人とも言いたい放題なのだが、冗談半分、真面目半分で興味深い主張があった。「
小泉首相の最大の功績は、日本国内における
アメリカの権威を地の底まで落としたこと」歴代の首相の中で、
アメリカに追随することにかけて
小泉首相の右に出る者はいなかった。
イラクへの
自衛隊の派遣、
グローバル資本主義の導入。
アメリカの言ったとおりにやってみて「ほら、こんなにダメだったでしょ。戦争は泥沼化したし、日本の経済もボロボロになりました。
アメリカに従った結果がこうなりました」と国民に示したと。ほんとかよ。たしかに、小泉以降、日本が模範とする国として
アメリカが例に出されることはなくなった。あとは「
民主党に
政権担当能力が無いことがわかった。
民主党には日本国民にビジョンを示せる人はいない。かといって
自民党にもいない」ではどうすればいいか? 「いっそ、
ゴルバチョフを首相、
ビル・クリントンを
官房長官にすればいい」野球やサッカーの監督で国内に適当な人がいなければ外国から連れてくる。首相を外国から連れてきてなにが悪いんだと。これなら
北方領土も返ってきそうだし、中国にも睨みが利く。さらにヒラリーとの意思の疎通もバッチリ。これしか無いような気がするから怖い。
直木賞の受賞作。この人はもともとがトリッキーな作風だったのに純文学よりになってきて寂しいと以前に書いた。
直木賞は5度目の挑戦でやっと獲れたらしいので、作風の変化はそのためだったんだね。読者は金を払って本を読む。
直木賞の審査員は金をもらって本を読む。そのため読者にとっての傑作と受賞作が必ずしも一致しない。作者や書名は忘れてしまったが、ファンの間ではその作者の最高傑作!と呼び声の高かった作品が
直木賞を逃した。審査員のコメントが「長すぎる」。私が思う
直木賞を取るためのコツが
1.長すぎない
2.エンターテイメント性は最小に
3.トリッキーな作風はNG
そんな本、読みたくないやい。作者の直木賞受賞は素直に喜びたい。と同時に、直木賞とはおそらく一生無縁であろうが、ひたすらミステリの新しい形を模索しつづける石持七海や麻耶雄嵩に改めて拍手を送りたい気分である。
私の好きな
松岡正剛とテレビでおなじみの
茂木健一郎の対談。この対談の重要なテーマにおいて、松岡さんと茂木さんは意見が合ってないことに本の半分くらいで気づく。ではこの二人が激論を戦わせるかというとそうではない。相手がそう考える根拠なり思索の道筋はなにかを真摯に傾聴する。その上で、自分の意見がどこまでが同じで、なにが分岐点になっているかを必死で探そうとする。大人の対談とはこうでなければいけないと思う。
最愛とは最愛の人のこと。主人公の最愛の人とは10代のときに家を飛び出してから20年近く会ってない姉。その姉は事件に巻き込まれ脳を損傷し昏睡状態。姉はどういう人生を送っていたのか。なぜこんな事件に巻き込まれることになったのか。姉の部屋にあった数枚の年賀状から姉の人生を調べる主人公。このパターンの物語はめずらしいものではなく、筆者も「奇跡の人」で記憶を失った主人公が自分の過去を探すという話を書いている。だがそこは
真保裕一。読者に隠しているカードを切る順番、そのタイミングが抜群。私が最初に感じた疑問(ここに書いたわずか数行のあらすじでも同じ疑問を感じる人がいると思う)。それの説明がいっさいなく物語が進行するので途中で忘れていたが、それが筆者が隠していた最後のカードであったことがわかるクライマックスは見事。そしてエンディングはけっしてお涙頂戴にしないで、静かな哀しみと慈しみにする押さえ方も作者ならでは。
ホテルの創業者の遺品展の準備を引き受けることになった主人公は失業した
学芸員。遺品の整理が進むにつれて主人公の回りで不気味な現象が起こり、遺品に隠された創業者の過去が明らかになっていく。この手の話は合理的に解決が付くミステリー的な要素と、スーパー
ナチュラルな部分との配合によって傑作にもなり、駄作にもなる。この作品は...佳作かな。
ホラー短編集かと思って読み始めた。たしかに怪異はあるのだが、その怪異は物語の本筋と関係ない。どの話も、恋の
破局、犯罪、貧乏、家庭崩壊、いろいろな局面で
どん底の主人公がさらに穴に落ちていくひたすら読むのがつらい話。
大学教授の筆者が、高校の歴史部の生徒たちに行なった5日間の
セミナーを本にしたもの。日本は明治の開国以来、
日清戦争、
日露戦争、
第一次世界大戦、
日中戦争、太平洋戦争と5度の戦争を行なっている。どの時代の為政者もけっして好戦的だったわけではない。それでもなぜ戦争という手段を選んだのか。この本のテーマは
1.9.11テロ後のアメリカと日中戦争期の日本に共通する対外認識とはなにか?
2.膨大な戦死者を出した戦争の後に国家が新たな社会契約を必要とするのはなぜか?
3.太平洋戦争の結果、書き換えられた日本の基本原理とはなんだったのか?
な、おもしろそうだろ。ただし戦局の話は無いので軍事マニアが読んでもつまらない。高校生相手なので非常にわかりやすい言葉で、日本の近代史に対する新しい視点を示してくれるこの本は、今年度の私のノンフィクション部門への入選は確実だ。
昔の
東宝映画で「
妖星ゴラス」というのがあった。地球に向かって飛んでくる彗星を避けるために南極に巨大な
ジェットエンジンを付けて地球の軌道を変える。これは同じテーマを現代SFの手法でいまから100年後を舞台にしてリメイクしたもの。この小説の惑星はミラー原子という
暗黒物質のようなものでできているので目に見えない。それなら地球をかすめても害はないだろうと思うが、重力はある。よって地球に天変地異が起こり、地球の軌道が変わり太陽の光が届かない氷の惑星になってしまう。それなら映画「
アルマゲドン」のように破壊すれば良いのにと思うだろうが、物質ではないので壊せない。よって地球の軌道を変えるしかないのだ。その惑星を発見し地球にニアミスをすることを発見するまでが第一章。世界各国からの膨大な投資の合意を得て地球移動計画を開始するまでが第二章。ここではそのまま人類は死に絶えるべきだという終末論者の
ネガティブキャンペーンをどうやって撃破するかがテーマ。第三章はいよいよ地球を移動させる作戦が実行に移されるが、あと一歩のところで終末論者の攻撃で計画がつぎつぎに狂っていく。物語全体を通して語られるのが、作者が「アイの物語」「去年はいい年になるだろう」でも出てくる人間そっくりに思考する
人工知能はどこが人間と違うか。とくに第二章は反対派が圧倒的に優勢の状態で、反対派側の
人工知能の意外な行動で結末を迎える。そう、
人工知能はまちがったができないのだ。あ、書いちゃった。