チャップリンの日

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4月16日はチャップリンが生まれた日にちなんで「チャップリンデー」なんだって。

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上の記事にチャップリンの名言が載っている。

「命は美しく壮大なもの、クラゲにとってさえも」
「下を向いてたら虹は見つからない」
「男の本性は酔っているときに出る」
「おまえの裸の体は、おまえの裸の魂に恋する人のものでなければならない」(娘への手紙の中で)
「何のために意味を求めるのか? 人生は欲望であり、意味ではない」
「これは非情な世界であり、それに対処するには非情でなければならない」
「一番悲しいことは、贅沢に慣れること」
「それが世の中の厄介なところ。みんなが自分を卑下している」
「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」
「シンプルさを実現することは難しい」
「笑いは強壮剤であり、苦痛からの解放であり、克服である」

この中で私は「何のために意味を求めるのか? 人生は欲望であり、意味ではない」が好きだ。チャップリンがどういう意図でこれを言ったかはわからないが「欲望のままに生きよ」ではなく「意味を求めすぎるな」ということだと思う。私が好きな映画、大杉漣さんの遺作である「教誨師」の中に似たセリフがある。

死刑囚の一人であるテロリストの青年との対話。彼が何をやったかは映画では説明はないが、たぶん大量殺人で死刑判決を受けたと想像できる。青年は、その行為によって世の中が変わると思っていたがまったく変わらなかった。「俺はなんのためにこんなことをやったんだろう。もう生きている意味なんてないんだよな」と言う青年。これに対して、あなたがやったことは間違っているとか、そんなことで世の中は変わらないと説教をする手はある。たぶん青年は教誨師がそう答えることを望んでいた。そこから議論に持ち込んでまた論破してやろうと。ところが教誨師の答えは聖職者の口から出たものと思えないようなもので、青年は振り上げた拳の行き先を失ってしまう。

   
   「(生きることの)意味なんてないんですよ。
     生きているから生きるんです」

拍子抜けするような言葉だが、よくよく考えると味わい深い。人間は意味があって生きているわけではない。心臓が動いているから生きているのである。生きているからその人の人生を紡いでいる。とするなら他人が勝手に与えた意味によって心臓が止められてよい訳がない。テロ事件が起きるたびに、大杉漣さんのこのセリフを思い出す。