本の話

いまこの本を読んでいる。
     

働く女性をテーマにしたアンソロジーで現在3巻まで出ている。超売れっ子ではないが有名どころの作家をそろえていてなかなか読み応えがある。

  大崎 梢・・・注文が来なくなったマンガ家

  平山瑞穂・・・受講生から妙に懐かれてしまった通信講座の講師

  青井夏海・・・閉館の危機に瀕したプラネタリウムの解説員

  小路幸也・・・過去の栄光が忘れられないディスプレイデザイナー

  碧野 圭・・・意に染まない仕事を発注されたスポーツライター

  近藤史恵・・・元彼の新婚旅行に添乗するツアーコンダクター

過去に読んだアンソロジーは当代一流の作家を集めたものばかりで、しかも書き下ろしではなく雑誌に発表されたり、その人の短編集に入っていたものなのでどれも完成度が高い。この本はすべて書き下ろし、しかも名前は知っているが読んだことがない作家が半分以上というこの短編集は意外な面白さがある。作品のレベルに差が大きいのだ。どれも大きな事件が起こるわけではないので、よけいに作家の力量が如実に表われる。それぞれファンの人もいるだろうから詳しくは書かないが、1作目の大崎梢とラストの近藤史恵が圧倒的。構成力、文章力、ネタの仕込み方、手の内の明かすタイミング。もちろん他の作品も佳作揃いではある。
読んでいて「?」と思ったのが、順番に読んでいくと、前の作品で出てきた人や関係する物の名前が出てくることがある。4作目のディスプレイデザイナーは過去に1作目のマンガ家と話をしている。2巻目では1巻の5作目に出てきたフィギュアスケートの選手の名前が出てくる。これはどういうことなのか。一人の作家が書くならできる。実際、そういう短編集も読んだことがある。また作品が発表された月がずれるような雑誌上での競作シリーズならできる。だがこれは文庫の書き下ろし。ほかの作家が書いた内容を知る術がないので間に立った編集者がコントロールしないと無理なのだ。そもそも作家の先生は頼んだからといってそんなことをしてくれるのか? 気になってしかたないので実業之日本社にメールを出してみた。翌日に返事をいただいた。

  はじめまして。

  このたびは、弊社ホームページへのお問い合わせをいただき、ありがとうございました。

  また、弊社出版物にお目配りくださり、重ねて感謝申し上げます。

  お問い合わせいただきました、『エール!』の登場人物の件について簡単ですが、回答です。

  小説は、著者から原稿をいただいた後、ゲラという本の体裁にしたものを作り、校正・校閲をかけます。

  編集部や、今回のシリーズですと監修者の大矢博子氏も読み、誤字や脱字はもちろんですが、

  時系列の誤りなど内容についての問題点・疑問点を著者に戻します。

  著者は、これらの指摘を修正するだけでなく、内容の推敲を重ねます。この作業を二回繰り返すのが一般的です。

  『エール!』のシリーズでは、他の著者のゲラも読み、登場人物のリンクを張っていただきました。

テレビで見る編集者はただ原稿をもらいに行くだけだが、実際の編集者は作家と一緒に作品を作っている。作家から一発目の原稿が上がってきてから最終稿になるまでかなりの日数を要するのだろう。このメールを読むと、その過程で作家にほかの作家のゲラを読ませ、他の作品との関係を入れることを要求することはそれほど難しいことではないようだ。作家の先生だって、よりよい物を作りたいのだ。ただ、作家、編集者も読者の一瞬の驚きのためによけいな手間をかけているのは事実であり、出版に携わっている方々の心意気を感じたやりとりであった。