実は上村愛子のファンだったりする

冬季オリンピックつまりウィンタースポーツのつらいところはズバリ

     いまだに発展途上である

ことだ。器具の進歩、ルールの変更、スタイルの変化に追随できなければ第一人者であり続けることはできない。そして、それは第一人者ほど難しい。ワールドカップでメダルを取るほどの実力者がそれまでの自分のスタイルを自ら否定して、新しいことに挑戦するのだ。これほどつらいことはない。日展に入賞するような書道の有段者が「はい、はい、来年からはサインペンで書いてもらいますからね」と言われるようなものである。過去にもV字ジャンプに対応できなかった人、スラップスケートに対応できなかった人が消えていった。
上村愛子は4年前のソルトレイクのとき、すでに「世界のウエムラ」だった。結果は6位。あの判定をおかしいと思うのが私だけではなかったのは会場からのブーイングでもわかる。だが上村愛子は電光掲示板を見上げると『これもまた結果。これが私の実力*1』とうなずくと背を向けて歩いていった。あのときの彼女の神々しかったこと、凛々しかったこと。そして少し淋しそうだった表情が忘れられない。
モーグルのルール変更。アクロバティックなエアーを取り入れなければ上位に行けない。そこから彼女の新しい挑戦が始まる。2004年W杯開始。新しい技「コーク720」の完成が間に合わない。それでも上村は挑戦し続ける。着地できない。当然、上位にはくいこめない。それでも上村は跳び続ける、こけ続ける。長野7位、ソルトレイク6位の世界のウエムラがである。華麗な滑りを知っている私たちファンはエアー台の下で尻餅をつく上村を見て「もうやめてくれ、君のそんな姿は見たくない」と思う。
2005年2月26日、ノルウェーで上村は2季ぶりに表彰台の中央に立つ。コーク720完成の瞬間である。執念と信念−あきらめないことと信じ続けること。使い古された言葉だが我々が忘れがちな言葉だ。彼女は再び世界のウエムラになる。そしてエアー台を飛び出して空中を回転する上村愛子は白銀の妖精になった。まもなく競技が始まる。この4年間の集大成を見守りたい。そして結果がどうであれ、彼女の4年間の挑戦に拍手を送りたい。泣くよな、きっと俺は泣くな。

*1:と思ったかどうかはわからんが