再考っと言っても、また半月に渡って中継をするつもりはない。実はact48はビデオをほとんど見返してなかったのだ。「ほとんど」というくらいだから1回くらいは見た。それだけ見れば十分だと思うだろうが、私がビデオを見返すというのは5回以上のことを指す*1。オープニングだけは5回くらい見た。鈴村監督特製の愛野美奈子追悼バージョンと、セーラー戦士が歌う部分がリニューアルされてセーラールナが出るやつ。だが、そこから先はつらくて見る気がしなかったのだ。セーラー戦士の勝率を調べるために*2ビデオを見直して、改めて感じたことを書いてみる。
2月18日「四天王「収束する物語」(後編)」で書いたとおり、act46で実質的にはセーラー戦士の戦いは終わっている。クインベリルはまだ生きているものの、セーラー戦士と戦う意志を持っていない。たとえば、ホシノハメツのメタリア妖魔を倒すと同時に、妖魔の中のメタリアがダークキングダムに飛んでいき、そのままベリルもろともダークキングダムが崩壊でもすれば、非常にすっきりした終わり方になったわけだ。それ以降のact47から3話は、セーラー戦士と四天王の決着の物語である。2月13日「タキシード仮面はなぜ正体を隠すのか(後編)」で書いたとおり、実写版ではセーラー戦士と四天王の戦いは市民から見れば「異形の物同士の内部抗争」でしかない。その内部抗争の決着は、セーラーヴィーナスの自壊、ジェダイトの凶刃によるクンツァイトの死、ネフライトの離戦、セーラームーンの手によるエンディミオンの死、そして最後はセーラー戦士同士の戦いなのである。義のために死ぬことすら許されない徹底した悲劇である。
(つづく)