戦うプリンセス(後編)

昨日は次の2つの疑問を提示した。

     疑問1−なぜ「前世の記憶」が戻らなかったのか?

     疑問2−なぜ火野レイと木野まことはうさぎを守らなかったのか?

実は疑問1は疑問2の答えになっている。そう、レイもまことも、そして水野亜美も最後までうさぎのことを自分の主君であり警護の対象とは認めなかった。なぜなら前世の記憶が戻らなかったからだ。前世の記憶が戻り、3人にとってうさぎがプリンセスになった瞬間に美少女戦士セーラームーンの物語は崩壊する。なぜならセーラームーンが先頭に立って戦えないからだ。ではアニメ版セーラームーンはどうなのだ。前世の記憶が戻った後も番組が4年間も続いていたではないか。それは次の前提があるからだ。

     セーラームーンでなければ敵を倒せない

4人の戦士は、申し訳ないと思いながらもムーンに戦ってもらわなければ地球の平和を守れない。とくに最後のボスキャラを倒すには幻の銀水晶の力が必要なのだ。ところが実写版ではムーンが最強というわけではない。*1セーラー戦士と妖魔の最後の戦いであるact47*2でさえ、フィニッシュを決めたのはセーラーマーズである。セーラームーンは実写版では一戦闘員で、覚醒後のマーズ、ジュピター、ヴィーナスがいれば妖魔を倒せるのだ。*3さらに実写版では、銀水晶はあまりにリスキーな能力なので使って欲しくないとみんなが思っている。
アニメと実写を比較すると次のようになる。

     アニメ版

     (前世の記憶:あり)+(セーラームーン:最強)=リーサルウェポンであるセーラームーン

     実写版

     (前世の記憶:なし)+(セーラームーン:普通)=一戦闘員であるセーラームーン

セーラー戦士の戦力バランスと前世の記憶はセットになっている。ムーンが最強でない実写版の設定では、前世の記憶が戻るとプリンセスであるムーンを戦わせる理由がなくなり具合が悪いのだ。
亜美、レイ、まことにとって、うさぎはただの仲間である。前世での主君でもなければ、映画版「セーラームーンR」で語られたような、現世での自分たちを孤独から救ってくれた恩人でさえない。*4美奈子を除く4人のセーラー戦士は「友情で結ばれた友達」というより「共通の目的を持った仲間」である。*5だから妖魔に最初に出くわした者が戦う。他のメンバーは可能ならば駆けつける。誰かが戦闘に加わらなかったとしても非難はしない。*6
これはあまりにも冷めた見方すぎるだろうか。だが私はアニメ版より実写版の方を抵抗なく見られたのは、5人が極めてドライな人間関係を保っていたからだ。そして目的を達成した後は5人がバラバラになりそれぞれの道を歩んでいくことに、私は極めて健全な少女達の青春の姿を見ることができる。これはあまりにも夢の無い現実的すぎる見方なのだろうか。

追伸
原稿のストックが尽きました(泣)。次回作を構想中ですので週末にお会いしましょう(笑)

*1:12/24「セーラームーンでなくても倒せる妖魔」参照

*2:act48はメタリア衛、act49はプリンセスセーラームーンが敵という変則的な戦いである

*3:きっと覚醒後のマーキュリーも強いはずだ。1/4「セーラー戦士の技は物理的な力を持っているのか?」参照。と思うならマーキュリーだけ注釈にすんなよ

*4:12/17「うさぎの役割」参照

*5:なお、亜美にとってのうさぎは映画版のような特別な存在であったが、プリンセス覚醒後のシリーズ後半ではact5やact16が嘘のような淡泊さで描かれている

*6:衛と陽菜に動転して任務を放棄したact17のうさぎ、戦闘より睡眠を優先したact33のうさぎ、同じく自転車の片づけを優先したまこと