どれもお勧めの10月

この国。 (ミステリー・リーグ)

この国。 (ミステリー・リーグ)

舞台は日本。ただし我々がいま住んでいる日本とはちょっと違う歴史を辿ってきたパラレルワールドもの。太平洋戦争を回避して国体はそのまま維持されたが、お隣の国みたいなことにはなってなくて民主主義国家として経済成長を遂げている。でもちょっとだけ違う。軍隊があって、公開処刑があって、小学校6年生のときに全国共通のテストがあって一握りのエリートコースに進むか労働者コースに進むか選別される、等々。主人公は治安警察に所属する刑事で、このちょっと違う部分をネタにした連作ミステリー。面白い、この作者はよくこんな設定を考えついた。とくに国家の転覆を謀ろうとするテロリストとの駆け引きを描いた1話と最終話なんか映画化しないかな。でもこんな日本の話を映画化するだけの勇気はどこの映画会社もないだろうな。完全に管理されている分、失業率は1%未満だって。こっちの日本も悪くないぞ。


魔法使いの弟子たち

魔法使いの弟子たち

山梨県の病院でものすごい致死性のウィルスが蔓延する。回りの町にも広がって死者数百人、生き残ったのはわずかに3人。その3人にはある後遺症−それぞれ異なる超能力が発現している。ちょっと面白そうでしょ。ただ、この超能力がすごすぎるんだよ。すごすぎて、SFではなくてファンタジーの領域になっちゃってる。


隻眼の少女

隻眼の少女

8月に紹介した「貴族探偵」のぶっとびぶりがすごかった麻耶雄嵩の新作。今度は「巫女探偵」だ。主人公は17才の隻眼の少女。しかもツンデレ。見えない左目で真実を見抜く。ワトソン役は自殺願望のある頼りない青年。ここまで書くとライトノベルみたいだが、新本格の旗手の作者のこと、論理を積み重ねて旧家に起こる連続殺人の謎を解く。だが...物足りない。これを別の作家が書いていればふんふんって感じなんだけど、麻耶雄嵩の作品特有のバカミステリすれすれのぶっとび具合が足りない。犯人のミスディレクションに引っかかって犯人をまちがって指摘するわ、おろおろしている間に3姉妹はつぎつぎに殺されていくわ、同行していた自分の父親まで殺されてしまうわで冴えない。最後はなんとか真相を突き止めるが、犯人は罪を告白して離れに火を放ちジ・エンド。殺人を防げず、犯人も逮捕できず、傷心のまま巫女探偵は黙って去っていく。巫女探偵に心を寄せていた青年は失望から自殺を決行。ここまでが第1部。なんかイマイチだわ麻耶さん。そして全体の分量の4分の1くらいの第2部...書けない。あらすじを一言でも書くとこれからこの本を読む人の興味を削いでしまう。やっぱり麻耶雄嵩だ。ぶっとび度は少しも衰えていない。すげえよ、第1部はすべて第2部の伏線だったのか。ぶっとんでいるのに推理はあくまでも論理的で少しも無理がない。まいった。


見えない復讐

見えない復讐

もうこの人はなんでこんな設定を思いつくのか。主人公はある理由から大学に恨みを抱き仲間と復讐を計画する。活動資金を集めるためベンチャー企業を設立するが、出資を頼みに行ったベンチャーキャピタルの社長もこの大学に恨みを抱いている。そしてあるきっかけで主人公の企みを見抜き、それを敢行させるために主人公には真の理由を隠したまま出資をしたり経営のアドバイスをする。ね、面白そうでしょ。これも連作ミステリーなのだが、BCの社長がたまたま見かけた主人公の行動−セミの死体を集めているとか、ベビー服を買っているとか−から、なにをしようとしているのかを推理をする回がすごい。そしてとんでもないラスト。こんな終わり方をするとはまったく予想できなかった。石持浅海麻耶雄嵩もデビューしてから10年以上になるが、これでもかこれでもかと変な設定を繰り出し、読者の意表を突くストーリーテリング、なんともすごい。8月の本で、気鋭のミステリー作家が純文学指向が強くなり寂しいと書いたが、この二人はそんな気はまったくなくミステリーの可能性を追求し続けてくれている。以前に1本ヒットすると余生に入ってしまうマンガ家と自分を超え続ける小説家の話を書いた。この二人はまちがいなく後者だ。もちろん、日本の出版界では彼らほどの売り上げでは書き続けないと食えないのだが。


七つの海を照らす星

七つの海を照らす星

最近、2作目が出た新人のデビュー作。養護院を舞台にした連作ミステリー。ここでは誰も死なないし、何も盗られない。ジャンルは「日常のふとした謎」。初期の北村薫が得意としたやつだね。「ふとした」度合いが薄いほど真相がわかったときの驚きが大きい。ふつうの人は謎と思わないくらいの出来事に疑問を発し、その真相を推理する。この落差は1話目がもっとも大きく「おー!」と思ったが、後ろに行くにしたがって仕掛けが大きくなり、筆者の手に余っているのが難点。今後に期待だ


戦略は直観に従う ―イノベーションの偉人に学ぶ発想の法則

戦略は直観に従う ―イノベーションの偉人に学ぶ発想の法則

ニュートンアインシュタインマイクロソフトやアップル、ヤフーやグーグル。過去の偉大なイノベーションを検討するとその仕掛け人たちは結果が見えていなかった。さらに彼らの偉大な発見や事業も、それまでに存在した研究やアイデアの寄せ集めであった。つまりよく言われる「いまあるものの焼き直しでなく独創性が尊いのだ」「詰め込んだ知識なんか役に立たない。創造性を育てる教育をしないと」「目標を定めて、それに向かって一心不乱の情熱と努力で一直線に進んでいけ」は嘘っぱちである。本当に大切なことは、それまでに蓄えた知識を総動員して、そのときそのときの状況を冷静に見ながら、タイミング良く軌道修正をして不断の努力を積み重ねていく。これが成功への道だと言っている。だろ? そうだと思ったんだ


  悪の教典 上

悪の教典 下

悪の教典 下

上の写真だとわからないと思うので、横から撮影した写真を載せる。
     
なんでこんなに厚いんだよ。この人の前作もすごい厚さだったよね*1。実際に手に取ってみると紙が厚くて、活字も大きく行間も広い。もっと小さい字にして上下二段組みにすれば1巻に収まるはず。数年後にこれが文庫本で出たらやや厚めの1冊か、せいぜい並の厚さの上下巻になるはずだ。かといって、この作者はどんなに単価を高くしても必ず売れる! というほどの人気作家でもない。この無意味なボリウム、いったいなんのため? 話は2枚目で爽やかな青年だが他人の痛みを感じる能力が欠如した主人公のノアール小説。この主人公が選んだ職業が教師。クライマックスは○○○○○○○○だが、生徒一人一人の描き込みが足りないので感情移入ができず○○○○○○○○が機械的な作業になってしまっているのが残念。でもそれを書いていったらこの厚さで全4巻になってしまうか。そもそも○○○○○○○○が無理だろう。