「風が強く吹いている」(その3)

駅伝は10人がたすきをつなぐ。だから、いくら優秀な指導者と天才ランナーがいても残り8人の素人を率いて箱根に出られるわけはないのだが、そこはおとぎ話と割り切ればA級のエンターテイメント小説として楽しめる。とくに先週の精神的にいちばん苦しいときに読み始め、補欠合格の電話が来た日に読み終わったので、私にとって忘れられない一冊になると思う。
球技運動のようなもともとのチームプレーと違って、リレーや駅伝は個人プレーの積み重ねだ。かといって得点の合計を競うのではなく、前の走者の順位がそのまま自分の順位となり、自分の順位をつぎの走者の順位に引き継いでいくという実にわかりやすく、だからときに残酷な競技である。この小説は、その駅伝というスポーツの特性を物語の構造として巧みに生かしている。それぞれわけありの10人。物語前半のところどころで各自が背負ってきたものや背負えなかったものが垣間見えるが、あくまでもまだら模様のまま、クライマックスの箱根に突入する。そして、たすきを受け取ってからたすきを渡すまでの孤独な時間で、10人の人生の回想が入る。そこで初めて、なぜ苦しい練習に耐えて、いま箱根を走っているか、なにが10人のモチベーションになっていたかが読者にわかるようになっている。この箱根のシーンでは私の大好きなクサいセリフの大洪水だ。だが、そこまでで10人それぞれの人となりが、過去の挫折や苦悩がわかるので、そのセリフにいちいち泣ける。かといって、誰も気負いがなく、あくまでもしなやかに軽やかに自分と向き合い、過去の自分を乗り越えていく。
うまい、三浦しをんは本当にうまいよ。もう高校の現国の教科書はこの本が1冊あればいいのではないか。いや、この本を読んだらほとんどの運動部は崩壊するからまずいか。人を信じること、自分を信じること、いまを信じて未来を信じることの大切さを教えてくれる名作である。act23に通じるものがあるね