検証・これが実写版の台本だ!−act34(その6)

結局、act33、34の亜美と亜美ママ、レイとレイパパはどちらもコミュニケーションギャップなのだ。母親に自分の本当の気持ちが言えない亜美と、娘が子供の頃とは違う自分の世界を形成していたことに気が付かなかった亜美ママ。父親が自分のことを疎んじていると思いこんでいたレイと、愛情の表現のしかたがわからないレイパパ。台本上では、このギャップに対してより大きく心が動きアクティブに動くのは水野家は母親、火野家では娘である。本来、対称形で描かれている水野家と火野家なのだが、放送では亜美の母親の描写がかなり抜け落ちている。そのため火野家のダイナミズムに比べると、水野家の方はどうしても亜美の独り相撲であったような印象になってしまう。これら亜美ママ周辺のカットされたシーンがすべて放送されていたら、act34は少なくとも私にとってはact2、act5、act8、act16に並ぶ中学生日記名作回になっていただろう。残念である。
最後に火野家と水野家の対面シーンの台本を見てみよう。まずは火野家。

     【シーン39】教会・墓地

     隆司を見つめるレイ。

     レイ「・・・多分、もう少し時間がたったら」

     隆司「そうか・・・」

     レイが去っていく。

次に水野家。

     【シーン41】遊園地

     亜美「・・・ママ、ごめんなさい。(略)ママに嫌われても−」

     冴子が亜美を抱きしめる。

     冴子「いってらっしゃい」

台本はこれだけである。シーン39で、レイが最後にかすかに微笑む。我々はこの親子の和解が近いことを想像することができる。またシーン41では亜美ママが亜美に近づくとき一瞬表情がこわばる。我々は母親が亜美をひっぱたくのかと緊張するので、その後の母親の行動の意外さに深い感動を覚える。このあたりの演出、そしてそれに答える役者の演技に脱帽せざるを得ない。私は失った物の大きさを改めて感じるのであった。合掌
(act34おわり)