北の国から1998−名物にうまいものあり(後編)

さて、派手さには欠けるが北海道名物のわかさいも、見た目は遠くから見るとスイートポテト、近くで見ると饅頭。味もスイートポテトと饅頭の中間くらい。「わかさ」は創業者の苗字なのだが、名前に「いも」が付いて、味も芋なのだが、このわかさいも、原料に芋をいっさい使用していない。
北海道で芋と言えばじゃがいも。なにしろ、国内のじゃがいもの生産量の8割が北海道なのである。ところが、じゃがいものお菓子はポテトチップくらいで甘いお菓子を作ることができない。やはり、甘い芋菓子にはさつまいもが必要だが、さつまいもは南方の野菜、北海道にはない。そこで、さつまいもと同じ見た目と食感と味を、北海道でとれる食材で作ったのがわかさいもである。そこまでしてさつまいもが食いたかったのか?
中に入っているあんこは豆から作られている。だがこれだけでは、さつまいもの繊維の食感が出ない。そこで糸状に切った昆布を混ぜて、さつまいも独特の舌触りを出している。あんこを包む皮には卵と醤油を混ぜた物を塗り、焼き芋を食べたときの甘くかすかにほろ苦い味覚を再現している。たいへんな工夫なのだが、そこまでしてさつまいもが食いたかったのか?
これを作っている「わかさいも本舗」は洞爺湖にあり、2000年の有珠山の噴火では被害を受け、一時、生産が止まってしまった。この会社の社史をひもとくと

  1930 創業者の若狭函寿が洞爺湖温泉で「わかさや」を開業

  1959 第45回国際菓子大博覧会(ロンドン)で金メダル受賞

  1973 第18回全国菓子大博覧会で名誉総裁賞を受賞

  1977 有珠山噴火。被害を受ける

  1994 第22回全国菓子大博覧会で名誉総裁賞を受賞

  2000 有珠山噴火。被害を受ける

1977年に被害を受けた段階で引っ越そうよ。また噴火するのはわかってたじゃん。たとえ被害を受けても創業の地にこだわり続けるわかさいも本舗。洞爺湖温泉の星だ。
ところで、2000年の噴火のとき私は札幌に住んでいたんだよね。名前は忘れてしまったが、対策本部の本部長が北海道大学火山研究所の所長で、記者会見だと必ずこの人が出てきた。この所長のすごいのが、必ず断言すること。「あと2週間以内に有珠山は噴火します。付近の住民は直ちに非難をしてください」と言い切った。ところが10日を過ぎても噴火しないので、避難所の住民がいらだった。あわてて出てきたので最小限の荷物しか持ってきていない。まだだいじょうぶそうだから、家まで荷物を取りに帰らせてくれと。無責任なマスコミが噴火しないじゃないかと所長を責める。そのとき所長は再び断言した。「有珠山はあと3日以内に噴火します。家に帰るなどとんでもない」その2日後くらいに有珠山は高い噴煙を上げて大噴火をしたが、人的な被害はいっさいなかった。
この予測の正確さもさることながら、全国に向けて何かを断言するというのは勇気がいる行為である。断言すれば大きな責任を背負う。万一、予測が外れたときに逃げられない。懐に短剣を忍ばせるくらいの覚悟がいる。後日、テレビのインタビューで「よくあれだけ断定的に言い切りましたね」と問われて、「避難をすることは住民の大きな犠牲を伴う。誰かが断定をしてあげないと住民は犠牲を払えない。責任は私が取れば済むことだから住民を逃がすために常に断言をしようと思った」。世の中には立派な人がいるもんだ、日本も捨てたものではないと思ったのは言うまでもない