歩行のメカニズムを考える

私は学生のときにアキレス腱断裂で手術と入院をしたことがある。最終的には自然治癒に任せなければならない骨折に比べ、アキレス腱は手術で腱を縫い合わせてしまうので松葉杖なしで歩けるようになるまで2ヶ月、走れるようになるまで4ヶ月から半年。しゃかりきになってリハビリをするスポーツ選手は別にして、一般人ならこの期間より長くなることはないし短くなることもない。切れた腱を縫い合わせたために腱の長さが短くなってしまう。それが元の長さまで伸びないと足首が鋭角に曲げられないので、一定の期間が必要なわけだ。
関節とか筋肉が痛くなると、はじめてそこに関節や筋肉があること、それらが身体のどの動きに必要だったかがわかる。手術をしたあとに膝の関節(ひとつ上の関節まで固定をするそうだ)までギブスをするので、1ヶ月後にギブスを外すとふくらはぎの筋肉がごっそり落ちている。このとき人間の歩行のメカニズムが当時19才の私はよくわかった。右足から前に踏み出すことを想像してくれ。歩く動作において働くのは前足では無く後ろ足だ。まず左足のかかとを上げる。そして名称はわからないのだが、指の土踏まずの間の部分、肉が盛り上がっている部分で右足を前に押し出す。このとき右足が前方に着地するまでは左足一本で立っている。この動作、じつはたいへん難しい動作で、坂道だろうが階段だろうが一本の足、しかも接地面は後ろ足の前半分、どら焼き1個分くらいの面積だけでバランスを取っている。三半規管で感知した身体の傾きをもとに脳が身体中の筋肉に指令を出し安定した姿勢を直す。わずかな時間でこれを何度も繰り返しやっと一歩が踏み出せるわけだ。人間のように歩くロボットを作るのが難しいのがこのフィードバックである。
左足の力で右足を前に出す、このとき使うのが左足のふくらはぎの筋肉。よって長く使わないでふくらはぎの筋肉が弱くなってしまうと、このかかとを上げる動作ができない。最初はかかとを上げないで両足を地面に設置させたまま歩く、武道でいうところのすり足で歩き、筋肉が元に戻るのを待つことになる。これを前提に「家売るオンナ」の最終回、元宝塚のお母さんの娘が歩くシーンを見てみよう。足のアップがある。
     
かかとが上がっているじゃないか。私はここもすごく気になったのだ。だがこうとも考えられる。あの子は、お母さんが1日中、病室にいるわけではない。さらに15才なのでじっとしていられない。なにしろ内臓系で入院しているわけではないので基本的に元気なのだ。私が入院していたときも整形外科の病室は無駄に元気だった。夜遅くまでテレビを見たり、出前でラーメンを食ったり、病室を抜け出して飲み屋に行った人もいた。この子もお母さんがいないときはコンビニにアイスを買いに行ったり、病院を抜け出してハンバーガーを食ったり、友だちとカラオケに行ってたのかもしれない。それらの自主的なリハビリでふくらはぎの筋肉は元に戻っていたと...