タイムパラドクス

いまから8年前、論理的には無茶苦茶な「僕の彼女はサイボーグ」の時間旅行をなんとか説明しようと考えた*1。それを書いたときに映画の矛盾とは別に、自分で納得できない点があってこの8年間ずっと引っかかっていたのだ。先日に観た太鳳ちゃんの映画でも同じような話があり、それに刺激されてもう一度、時間旅行について考えてみた。まず予備知識を述べる。
【未来への時間旅行は可能】
時間は未来に向かって流れているので、我々はタイムマシンがなくても未来への時間旅行をしていると言える。ただし1年後の未来に行くには1年、100年後の未来に行くには100年かかる。それでは自分の寿命以上の未来には行けないので何かの手段が必要になる。100年後の未来に1分で行くには、自分の時間を早送りするようなメカが必要になる。逆に自分の時間だけスロー再生でも良い。たとえば冷凍睡眠なんかがいまのところいちばん現実的な方法ではないだろうか。ただしどちらの方法でも一方通行である。サッカーの試合の結果を見てから元の時間にもどってくじを買うとか、10年後の株価を見て上がり幅の大きい株を買うとか、実用性がまったくない。ここは元の時間に戻ることができなければ時間旅行とは言えない。
【過去への時間旅行は不可能】
これは技術的な問題ではなくて論理的に成り立たない。ワームホールを抜けるなどの説はあるが。よって、論理的にありえないことを空想するのでどうとでもなる。ただ自由すぎてもつまらないので、そこにある程度の論理を持ち込むのがSFの作法である。
【父親殺しのパラドクス】
別名、タイムマシンのパラドクスと呼ばれるものがある。タイムマシンで自分が生まれる前の過去に行き、自分の父親を殺したら自分はどうなるのか。これは父親を殺すほど大それたことを考えなくても、1年前、いや1時間前の過去に行って、自分に会うことはできるのか。もし自分にあったら、自分は1時間前に自分自身に会う経験をしていなければならない。
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さて、ここからが本題だ。いまは2016年、下の矢印は時間を表わし、右端の黄色い丸が過去への時間旅行を出発した地点=時刻だ。
     
ここから自分が生まれるよりずっと前、たとえば終戦の年の1945年に行き父親に会う。
     
ここで父親を殺したらどうなるかが父親殺しのパラドクスだが、8年前の記事に書いたように1945年に2016年から来た自分が現われるというのは、私がそれまでにいた歴史Aには無かった事象である。よって、ここで歴史が修正され新たに歴史Bが始まる。
     
自分が生きてきた歴史とは別の歴史なので、ここで父親を殺してもなにも起こらない。ただし歴史Bでは自分は生まれない。そのかわり別の歴史からやってきた自分が存在している。タイムパラドクスはそもそも存在しない。ここまでは8年前に書いたとおりだ。そのとき釈然としなかったのが、では自分が2016年に戻ったとき、それは歴史Aの2016年か、それとも歴史Bの2016年かだ。
     
ふつうに考えると、1945年から2014年に行くのは未来への時間旅行、つまり時間の早送りになる。自分が1945年に出現することによって歴史が書き換わってしまったので自分が立っているのは歴史Aの1945年ではなくて、歴史Bの1945年になる。よって、時間を早送りして行き着く先は歴史Bの2016年になる。1945年で歴史に影響を与えるようなことを何もしなければ歴史Aと歴史Bは何も変わらない。なにかをしてしまうと歴史Bの2016年は、歴史Aの2016年と違った様相になる。これは映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や小説「ノックスマシン」に出てきたね。
ところがだ、最近になって私が考えたのがそれだけでは済まないということだ。1945年に戻って遠くから父親を見るだけで、誰とも接触せず、過去の物には何も触らずに2016年に戻ってきても歴史Bは歴史Aと大きく違っている。それはなにかわかるか?

     歴史Bの2016年には、歴史Bで生まれた自分がいる

歴史Aから来た自分は、歴史Bでは戸籍がない。歴史が分岐すると考えることによって回避したはずのパラドクスが、ここで生じてしまうのだ。ただこれは何とも矛盾をしていないのでパラドクスとは呼べないのかもしれない。歴史Bには自分の居場所が無い。こうなると歴史Aの自分がやることは、歴史Bの自分を殺して彼になりすませばいい。あるいは事情を話して2人1組の人生を送ると、なにか面白いことができるかもしれない。さらに...もし歴史Aと歴史Bがそっくりなら、歴史Bの自分はタイムマシンで1945年に旅立ち、さらに分岐した歴史Cの2016年に行くはずである。すると歴史Bの自分が空席になり、そこに収まれば、あたかも元の世界に戻ったかのように生活できるはずだ。そのためには1945年に戻ったときは歴史を変えるようなことは一切してはならない。十分に注意したはずが、そのときにうっかり蹴った小石が原因で微妙に歴史が変わり、2016年に戻った瞬間にいきなり殺人罪で逮捕されるという可能性もある。これで1本小説が書けそうだ