第2話にして早くも当て字を考えるのがめんどくさくなったのでそのままで行くよ。みんな、北川景子のドラマを見たか。野球で15分遅れだったな。第2話も安心して見られたよ。どのへんが安心かというと、これは学園ドラマのフォーマットではないよね。北川景子は先生である必要なし。近所のお姉さんでいいわけだ。
「先生のおかげでみんな救われたね」
そう言えばそうなんだけど、北川景子はただかき回しているだけ。ただ怒ってるだけ。
ちょっとした歪みやずれでかみ合わなくなったピースを北川景子がかきまわすことでピースが合って絵が完成する。だから見ているこっちがこっぱずかしくなることがない。これはいまの時代のヒロイン像として大切なことなんじゃないか。また北川景子は教育者として描かれてない。生徒になにも諭さないしなにも教えない。それでいいのだ。そもそも大人が子どもに教えられることなんか何もない。子どもは大人の行動を見てはそこから取捨選択して自分の生き方の参考にする。それを大人の側が選ばせることはできないのだ。だからマニュフェストに書いてあることは何もしないで、書いてないことばかりする。解散すると言っておいてしない。そんな大人を子どもに見せてはいけない。
【生活に役立つセリフ1】
「それは命令でしょうか、期待でしょうか」
校長に無茶なことを命じられの反論。おもしろいセリフだな。仕事で使えるんじゃないか。校長には「両方」って言われてたけど。
【生活に役立つセリフ2】
「スクールカウンセラーのようなことをしてます。
資格はないけどヤル気はありますので」
「資格はないけどヤル気はある」人と、「資格はあるけどヤル気はない」人のどちらに自分を託したいか。カウンセラーのようなあやふやな職業ならヤル気がある人に任せたい。だがふぐの調理は資格がある人に任せたいね。ちなみに水産工場から内臓を取り除いて仕入れた切り身の場合は今年から資格がなくても調理をしていいそうだ。てか、いままでそれもダメだったのか。