マスコミは正義の駆け込み寺ではない

以前にも紹介したことがあったが、モダンホラーの巨匠、スティーブン・キングの「ファイア・スターター」。宮部みゆきの「クロスファイア−」がこの本へのオマージュになっていることも以前に述べた。このあとの話の展開上、あらすじを書く。
ある男女の学生が新薬の投与実験のアルバイトをする。やがて二人は結婚し、娘が生まれる。その前だったか後だったか忘れたが、学生のときに飲まされた薬がなんだったのか気づくことになる。父親にはある特殊な能力が備わっていた。母親にも薬の効果があったが自分でも気がつかない程度の弱いもの。だが娘の持っている能力は半端なかった。それは彼らに薬を投与した政府機関の知るところとなり、この娘を捕獲しようとする。その過程で母親は殺され、父と幼い娘の逃避行が始まる。ここまで読んだ人は「ははーん、親子がピンチになると娘の超能力で危機を脱して、その機関をやっつけるんだね」と思うかもしれないが、そこはスティーブン・キング。そんな甘いストーリーは書かない。なにしろ娘がいったん能力を発揮すると自分でもコントロールが効かないで大惨事が起こる。それでいちばん心を痛めるのは娘なのだ。だから父親は娘に能力を使わせないで、自分の超能力を使って逃げ続ける。だが父親の方の能力は完全ではない。これを使うと頭が真っ二つなるくらいの頭痛がするという副作用がある。そして、使えば使うほど自分の中の何かが壊れて死に近づいていくのを知っている。
ここまでが3分の1くらいのストーリー。さらに本日のお話の成り行き上、この物語のラストシーンをこれから転記する。はい、ネタバレです。でも想像は付くでしょ。二人は政府機関に捕まってそこから脱出するときに父親が死んで、娘は半狂乱になって機関のアジトは壊滅。なにしろ、後半のストーリー展開がありきたりだとキングのファンからの評価は高くない作品なのだ。だがこの作品の価値はそこではない。父と娘の絶望的な逃避行。その絶望度合いに胸が締め付けられる。もうCカップの人が読んだらAカップになるくらいに。娘のために割れそうな頭をかかえながら超能力を使い続ける父親。だが敵はあまりにも強大。逃げ切れるものではない。それでも娘の手を引いて、たとえ機関に殺されなくても身の破滅へと向かう超能力を小出しに使いながら必死で逃げる父親。もうこんな話、涙無くして読めないだろう。だからラストシーンがわかったとしても少しも作品の興味が薄れるものではないと確信するので書いちゃうよ。イヤな人は読まないでね。チャーリー(少女の名前)はある出版社に行く。

  「パパ、いよいよやろうとしているところよ」と、彼女は声を殺してつぶやいた。

  「ああ、どうかこのやりかたでまちがってませんように」

   (中略。受付のお姉さんが出てくる)

  「ご用件はなにかしら、お嬢ちゃん?」そう言って彼女はほほえんだ。

  「お宅の雑誌に記事を書いている人と会いたいの」とチャーリーは言った。

  その声は小さかったが明瞭で、しっかりしていた。

  「話したいことがあるのよ。そして見せたいものも」

  「学校のお勉強でする『見せてお話を聞かせよう(Show and Tell)』みたいに?」

  受付係はたずねた。

  チャーリーは微笑した。それは先刻の図書館員をあれほどまでに魅了した、あの微笑だった。

  「そうなの。ずっと順番を待ってたのよ」と、彼女は言った。    (完)

このチャーリー、もし現代の日本だったらどの放送局、どの新聞社、どの出版社に言ってもだめだろうな。たぶん記事にしてくれるのはBUBUKAくらいではないだろうか。いま話題のビデオ。なにかマスコミは流出者を叩く方向に流れているような気がする。だが、明らかに中国側の主張がデタラメだと明らかになったこと、義は日本にあったこと、そしてそれを早い段階で提示しなかった政府に対する追求は無しですか。もちろん長い目で見たときにこのビデオの開示は国益を損なうという政治的な判断はあるのかもしれない。それならそれで、その根拠を国民に説明する義務が日本政府にはある。「叩く」とは実に的確な言葉だ。ようするに目に見えている表面を打つのが「叩く」。最近のマスコミはネットの掲示板と変わらない。叩いているだけなのだ。その奥にある病巣をえぐり出して国民に明らかにする気など毛頭ない。
マスコミが描く日本の姿はこうだ。経済はボロボロ、行政もメチャメチャ、少年犯罪は増えて、教育も医療も崩壊、世界中の国から嫌われて、少子高齢化で自殺者は多くて未来は無い。おまえらはどこの国の回し者なんだ。失業率5.0%は欧米に比べたらまだまだ低い。韓国の3.7%には負けるが東京オリンピックソウルオリンピックの20年の時間差を考えるべきである。経済だって高度成長時代のような伸び率になることはもう二度とない。これは政府や企業のせいではなく成長期から安定期に入ったからである。日本を大嫌いな中国でさえ日本製品は品質の良さで圧倒的なブランドであることをなぜもっと報じない。中国や韓国の反日感情ばかり報道して、フランスのジャパンエキスポが大盛り上がりだった話やこんなニュース*1の扱いは小さい。自殺者の増加もマスコミが煽る厭世感が影響している自覚も責任もない。
チャーリーが2010年の日本だったらさっきのラストシーンはこう書き足す必要がある。

   (父が自分の命と引き替えにチャーリーに持たせた資料を記者に見せる)

  「わっ、無理無理、こんなニュース。こんなの載せられないよ」と記者が言った。

  「どうして?」悲しそうにチャーリーが聞く。

  「こんなの書いたら、うちが政府を糾弾してるみたいじゃない。帰って帰って」

  チャーリーはインターネット喫茶に入って、YouTubeにアクセスした。