8月に読んだ本(後編)

つばさものがたり

つばさものがたり

この人も本格ミステリー作家だったが、エリカ様の「別に」ではからずも有名になった「クローズド・ノート」あたりから徐々に叙情派になって、本作は何の事件も起こらないし謎もない。癌に冒されながらも自分の店を開く夢をかなえる若い女性パティシエと、その甥っ子である心に障がいのある不思議な力のある男の子の物語。この子の存在が、物語の最後をわずかなハッピーエンドに変える。これはこれで面白かったけど、なんかなあ。


赤い森

赤い森

樹海の奥に家があるという。その昔、スランプに陥った小説家が家族を皆殺しにする惨劇が起きた家。なんかシャイニングみたいだが、過去に発表したその家を舞台にした2本の長編に書き下ろしを加えて1冊にした本。そんなこととは知らずに買って、たまたま読んでなかったからいいようなものの。


堂場警部補の挑戦 (創元推理文庫)

堂場警部補の挑戦 (創元推理文庫)

堂場警部補を主人公にした短編集。といっても、1作目は堂場警部補のニセ者だし、2作目は堂場警部補が殺されちゃうし、3作目は犯人にボコボコにされるし。そのあたりの仕掛けは4作目でわかる。もちろん幽霊とか超人というわけではないよ。


エデン

エデン

先月にいたく感動した自転車小説の続編。傷心の主人公はスペインのチームに移籍して、その後、本場のフランスのチームに移籍している。一見、順調に見えた主人公の競技生活だったが、スポンサーの撤退でチームの解散が決まり、みんなの心がばらばらのままツール・ド・フランスを迎える。心にかかえたレース後の不安が拭えないまま主人公は競技に臨む。主人公がサポートするチームのエース、ライバル、いろいろな選手の思いが錯綜して、3週間でいくつもの山を越えフランスを縦断する過酷なレースが進む。続編もいい。私は日本の武道の精神主義がイヤだったのだが、この自転車競技はそれ以上と言ってもいいくらいのスピリット、そうジェントルマンシップが貫いている。登場人物が自転車競技を続けている目的や思いはそれぞれながら、この精神からぶれてないのがシリーズ全体に漂う爽やかさ、潔さを醸し出している。そしてまたまた、今度は最後から25ページ目でミステリになる。ああ、これはミステリーだったのね。また忘れていたよ。


小暮写眞館 (書き下ろし100冊)

小暮写眞館 (書き下ろし100冊)

いまや日本を代表する女性作家だが、私はこの人の軽すぎる文体がどうも性に合わない。だが本作はまさに作者の新境地、これなら彼女の文体にすっぽりはまる。伊坂幸太郎の新作かと思うようなスタイル、と書くと宮部みゆきファンの人に怒られるか。だがそのくらい伊坂幸太郎の存在は大きいのだと思う。伊坂スタイルとは

  ・可もなく不可もなく、欲や上昇志向の無い主人公

  ・個性的な脇役と、その脇役と主人公の間で繰り広げられる軽妙でしゃれた会話

  ・落としどころの見えない迷走する物語

  ・脈絡が無さそうに見えたエピソードがすべて伏線になっていてラストで一気に畳まれる

物語の構造を読者に見せる前、伏線をばらまいている中盤までをいかに飽きさせないか、そこを主人公や脇役の魅力でグイグイ引っ張れるかが作者の力量なわけだ。だから誰にでも書けるものではない。写真館だった古い家に引っ越してきたサラリーマン一家。父母に、主人公の高校生と小学生の兄弟。だがこの兄弟の間にいた女の子は幼くして病死し、それが明るく暮らす一家の心にどこか暗い影を落としている。ひょんなことから心霊写真の謎解きを頼まれた主人公が、その写真が撮られた背景を調べるうちにそこに込められた人々の思い、愛情や悔恨を解き明かしていく連作集。連作といってもそれぞれが短めの長編小説くらいあってそれが4話。だからこの本は5cmくらいあるんだよ。いろいろな出来事で身につけたノウハウ、それぞれクセがあるがいざとなると頼りになる友人、彼自身の成長、これによって最終話は自分の家族の問題に向き合っていく。最後は泣けるぞ。