ネットに巣食うエセ良識人に異教徒の鉄槌を

ある日の安座間美優の「みゅうみゅう」。まずは冒頭の部分を読んでいただこう。

  明けてから、5日が経ちました。

  こんな風に、気づいたらもう1年も終わりだーヽ(*'0'*)/

  なんて驚くくらいあっという間に、

  時は流れていくんだろうなぁ〜

  歳をとるのってこわーい(´□`。)笑

どうということは無い文だよね。年が明けて5日しか経ってないのにもう今年が終わることを心配し、さらに自分の老いまで恐れるところがこの文章の味わいどころだ。ね、なんてことはない、むしろ洒落た文でしょ。これに対して文句を付ける人がいるんだよ。

  美優ちゃんの年齢で

  「歳をとるのが怖い」というのはどうかなあ〜。

  このブログもしかして年配の方も読んでいるかもしれないし・・・。

  ちょっとこの表現が気になりました。

たったこれだけの文章だから明らかに非難だ。このブログを読んでいる直球ど真ん中の年配の人から言わせてもらう。

  年配の人は年をとることなど怖くない。

  そもそも自分の年齢などある時期からよく覚えてない。

  年配の人が怖いのは年をとることではない。

  年配の人が怖いのは死ぬことだ

命あるものの定めとして、歳をとるということは一歩だけ死に近づくということだ。歳をとるのが怖いのなどあたりまえだ。さらに安座間美優くらいの年齢だと大人としての社会的な責任なり分別なりを年齢に応じて要求される。さらにファッションモデルとしての安座間美優の寿命は一般人の数倍の早さで短くなっていくのだ。そもそも元の文章自体、私がここまで議論を繰り広げるほどの内容ではないだろう。
12月に書いた「M14の追憶前史」に出てきた掲示板、あそこでアニメ原理主義者とならんで閉口したのがこのようなエセ良識人だった。彼らはひとつの文章、ひとつの単語に対して攻撃してくる。その前後の文脈や、その文章で言わんとしている思想を理解しようとしない。誰それのブログが炎上とニュースで見かけるが、よほど論点の多い文章でなければ4、5人が意見を書けばそれで出きってしまうだろう。残りの数十人、数百人はただ前の人と同じことを言ってるだけ、またはただ騒いでいるだけだ。だが彼らには罪悪感はいっさい無い。なぜなら彼らエセ良識人には正義の御旗があるからだ。
金や色のために人を殺せるのは一握りの狂人だけだ。だが人は正義のためなら人を殺せるのは歴史を紐解けばわかる。宗教戦争、民族紛争、すべては正義を賭けた聖戦なのである。他人に分け隔て無い愛を解く宗教も、異教徒はそもそも人間と見なしてない。自分の正義の外にある人々への愛の無い正義は怖い。セーラームーンが毎週教えてくれたように、愛と正義はセットなのだ。それも異教徒への愛も含めて。
自国の正義を押しつけてくるキリスト教原理主義の太平洋の向こうの隣国と、中華思想の隣国に比べたら、人それぞれの正義を確かめないと何も決められない愚鈍な日本人の方が健全なように思うこのごろである。学研はセラムン大使さんの母国を地球儀から消すな