タイムレソジャーが好きな君に

「うう、バカなことを!」「バカな奴だなあ〜」が侮辱ではなく最高のほめ言葉になるシチュエーションがある。私が知っている世界一のバカ作家がディーン・R・クーンである。モダンホラーのジャンルを確立させたスティーブン・キング*1の流れをくんで、より娯楽性を強くした作品を量産した作家である。どれだけバカか、いくつか紹介すると

     ・実験の失敗で巨大な爬虫類になっちゃった科学者が奥さんを襲う

     ・拾った犬は人間の言葉を理解する天才犬。その犬を狙う怪物が出てくる

     ・一夜で500人全員が消えた町。いったい何が起こったのか

     ・埋葬したはずの男が生き返ってつぎつぎに女性を襲う

     ・暴走したナノマシンが人間を襲い、人間を中から怪物に変えていく

一言でまとめると本当に身も蓋もないのだが、読み始めたら最後までグイグイ引っ張る緊迫感とスピード感、あとから考えると馬鹿馬鹿しいが読んでいるときは抜群の説得力で疑問を感じさせず、むちゃくちゃな設定のわりには読後感が爽やかな文学の薫りが高い小説に仕上がっている。やはりこういう作品は日本人のような農耕民族には書けないね。残念ながらクーンツ*2は扶桑文庫→角川文庫→文春文庫→アカデミー出版とつぎつぎ版元が変わって、パワーのあった初期の作品がいまでは手に入らない。とくに「超訳」という名の駄訳で有名なアカデミー出版が版権を握ってから国内のファンがそっぽを向いてしまったという不運な作家である。本日紹介する「ライトニング」は角川文庫だがAmazonで調べると絶版のようである*3
この作品のバカ設定はこうだ。一人の女性、この女性がピンチになると雷鳴とともに一人の男が現われ彼女を救ってくれる。しかも男はまったく年をとらない。なにしろ最初に現われたのは彼女の出生時なのでこれは読者にしかわからないのだが。この命題を満たすには、男が異星人かロボットかタイムトラベラーでなければ困るのだが、最後のだ。思い切りネタをばらしてるが、どうせ最初の方でわかるので問題ない。
この作品はタイムトラベル物で必ず出てくるタイムパラドクスを非常にうまい方法で解決している。この作品にでてくる時間旅行はつぎの制限や性質がある。

     1.過去に行くことはできない

     2.歴史に干渉すると、そこから歴史が分岐して別の歴史になる

     3.自分が時間旅行により存在していた時間帯に再び行くことはできない

まず、1の定義により、過去に行って自分や自分の親を殺すことはできないので有名なタイムパラドクスは生じない。2はこうだ。歴史に干渉すると、もともとの歴史と改変された歴史のどちらが正しいのか、それとも改変されること自体が歴史で決まっていたのか、これがややこしい問題になる。この命題を避けることができるのが2だ。その瞬間から別の歴史がパラレルワールド的に始まるのでどちらも正しいのである。3は、自分が存在した時間に再び行って自分がどんどん増えるのを避けることになる。設定はおバカなのだが、そのおバカな設定の内側は極めて論理的、合理的に物語が進むので最後まで楽しめるのである。
そもそも過去への時間旅行を可能にすると、そこに善と悪の戦いのドラマは生まれない。なぜならターミネータのように幼少時代のそいつを殺す。あの映画は相手が機械なので別のロボットを送り込んで対抗したが、もし人間だったらそれに対抗するために相手の親を殺せばよい。それを避けるためにさらに昔へ行って一族郎党を皆殺しにする。きりがないのである。
さて、この作品は男を狙う組織も時間旅行で現代に来て*4、主人公の女性、それを守る男、それを狙う組織*5との戦いになる。クライマックスでは定義3の制限により、とんでもない窮地に立たされる。それをまたとんでもない機略で解決するのが見せ場。ラストで男がやったちょっとしたいたずらのために、定義2により・・・というおまけつき。ブックオフで見かけたらぜひ買ってくれたまえ。

*1:「キャリー」「シャイニング」「グリーンマイル」など映画化された作品も多いので知ってるね

*2:よく似た作家が講談社文庫にいるけど別人ね

*3:そんな本を紹介されても

*4:未来にしか行けないタイムマシンだから、過去から来たわけね

*5:誰でも知ってる組織だよん