尖った技能ほど危うい

 「マツコの知らない世界」、きょうは写真加工アプリの話だったよ。

マツコの知らない世界 -極めすぎた女たち 篇- [DVD]

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ちぇっ、食い物じゃないのか。マツコはすげえよな、出てきたものをラーメンだろうが天津飯だろうが、ぜんぶ完食するよね。マツコと「孤独のグルメ」は食べ物に対する敬意があるよ。ブランチとかサンジャポとか食べ物屋のはしごをするでしょ。あんなの一口しか食べてないよね。横で見ている店主はどう思うんだろう。まあ、スタッフがおいしくいただきました、ってことなんだろうけどね。

その特集の写真加工アプリなんだけど、すげえな。世の中がここまで行ってるとは思わなかったよ。PhotoShopの上級とまでは行かなくても、少なくとも中級者じゃないとできなかったことがボタン一発で誰でもできるんだ。あれに比べたらモザイクの除去ソフトはもっとがんばろうよ。でも画像処理が自動であそこまでできるなら失業しちゃう技術者もいるよね。その人たちはコンピュータではできないさらに難しい方に行ってるだろうからだいじょうぶなのか。でもその領域もコンピュータ側でやっちゃうのも時間の問題じゃないか。江戸時代だったら足が速いとか、重い物を運べるとか、計算が早いとかが十分に商売になったはずなんだよね。こんな感じで、専門的な技能ほど機械に取って代わられる危険がつねにあるわけよ。たぶんつぎに来るのは翻訳ではないだろうか。英語が話せないことがコンプレックスで無くなる日も近いと思うよ。

そういった技術者のノウハウはAIの力でどんどん誰でも手にできるわけだが、その手前。画像処理だったら、そもそも良い被写体を探す、良い構図を考える、被写体が人間や動物だったら良い表情や動きにさせる、これは最後まで残るでしょ。翻訳も他言語への変換は機械がやってくれるとして、そもそもの文章を考える能力。相手にこちらの意思を簡潔に、あるいは強い印象で、場合によっては感動を呼び起こして伝える技術は最後まで残る。そう考えると、小学校から英語教育とかプログラミング教育をやるのなんてナンセンスだと思うんだよね。